赤坂見付〜渋谷〜三軒茶屋〜二子玉川〜溝口〜長津田〜下鶴間

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《大山街道の史跡》
大山街道の史跡
 カシミール3Dで作成した地図の使用については、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、
数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号平17総使、第320号)

 宮益坂から渋谷駅を通り道玄坂を上ります。早朝のためか、渋谷周辺はゴミが多く、繁華街のマナーの悪さが目立つ。坂の途中にある交番前には、道玄坂の標識と玄坂道供養碑や与謝野晶子の歌碑が向かい合っていました。
 坂を上りきると246号線に合流しますが、旧山手通りを過ぎると、右側に下る坂があり、角には「大坂」の標識がありました。この名前の由来が大山街道でも有名な坂だったようです。山手通りを横切り、坂を上ると、氷川神社があります。ここには、はじめて大山道の石碑があります。
 池尻大橋を過ぎると、246号線の左側には、池尻稲荷神社があります。ここには、涸れず井戸といわれるのが、旅人に喜ばれていたという。暑い日には生き返りますよね。ここには新しい大山道に石碑があったようですが、裏側だったのでわかりませんでした。
 首都高の日陰を走っているとすぐに三軒茶屋に着きます。三軒茶屋の分岐している所の地下鉄入口の脇には、大きく立派な不動尊道標があり、道標の上には不動明王があります。道標は、右が旧大山道、左が新大山道を案内している。まずは、右側を進み、合流地点から三軒茶屋まで戻り、左側を行くことにした。二又に分れているこの地に、角屋、田中屋、信楽屋の三軒の茶屋があったのが三軒茶屋という地名の由来だそうである。

旧大山道
 三軒茶屋駅前を通り、五色不動を巡ったときに立ち寄った教学院(青目不動尊)があります。環七通りを過ぎると八幡神社があり、さらに進み、松蔭神社に寄り道していく。吉田松陰を祀ってる神社で、松蔭の墓もあります。熱った体を冷やす為、少しノンビリ境内を散策すると、松下塾を復元されていました。散策後は元に旧大山街道に戻ります。

宮益坂の途中にある御嶽神社 明治天皇小休所跡 渋谷駅に出る 道玄坂の標識
宮益坂の途中にある
御嶽神社
明治天皇小休所跡の
石碑が境内にあった
渋谷駅に出る 道玄坂の標識
石碑と歌碑がある 道玄坂道供養碑 歌碑は与謝野晶 右側に上目黒大阪がある
道玄坂の標識の歩道側に
石碑と歌碑がある
道玄坂道供養碑 近くの道玄庵から命名
歌碑は与謝野晶子でした
246号線に合流してすぐ
右側に上目黒大坂がある
上目黒大坂の標識 上目黒氷川神社 「大山道」石碑 左側に池尻稲荷神社
上目黒大坂の標識
そんなに大きな坂?
右側に上目黒氷川神社
はじめての「大山道」
「大山道」石碑 左側に池尻稲荷神社
涸れず井戸が旅人を助けた
三軒茶屋に到着 立派な不動尊道標 道標の上の不動尊 三軒茶屋駅
三軒茶屋に到着
右が大山道、左が登戸道
三軒茶屋には大きく立派な
不動道標があります
道標の上の不動明王 世田谷線の三軒茶屋駅
教学院(青目不動尊) 入口付近には石造群 dsc0066.tif dsc0068.tif
教学院(青目不動尊) 入口付近には石造群が
あります
環七沿いにある八幡神社 ちょと寄り道して
松蔭神社に立寄る
吉田松蔭の像 松蔭神社の本殿 復元させた松下塾 吉田松蔭の墓
吉田松蔭の像
華奢な体型ですね
松蔭神社の本殿 復元させた松下塾 吉田松蔭の墓
(神仏分離なく墓がある)


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